大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和34年(ワ)7709号 判決 1963年5月14日

判   決

立川市羽衣町二丁目四七番地

原告

飯塚和夫

(ほか九名)

右一〇名訴訟代理人弁護士

芦田浩志

(ほか二名)

東京都千代田区霞ケ関一丁目一番地

被告

右代表者法務大臣

中垣国男

右指定代理人

家弓吉己

(ほか四名)

右当事者間の昭和三四年(ワ)第七、七〇九号賃金請求事件について当裁判所は次のとおり判決する。

主文

原告らの本件確認の訴をいずれも却下する。

原告らの本件金員支払の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一、当事者双方の求める裁判

原告ら訴訟代理人は、「被告が昭和三四年六月一七日及び同月二四日原告奈良に対してなした各五日間の出勤停止処分並びに同月二二日その余の原告に対してなした五日間の出勤停止処分は、いずれも無効であることを確認する。被告は、原告飯塚に対し金三、七三五円、同武石に対し金四、一〇六円、同田村に対し金五、八一八円、同小野及び同小山に対し各金三、七八六円、同奈良に対し金九、七五三円、同木崎に対し金四、六五二円、同長塚に対し金四、三七一円、同松崎に対し金四、四〇四円、同鈴木に対し金五、五九七円並びに右各金員に対する昭和三四年一〇月九日以降完済にいたるまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決及び仮執行の宣言を求め、被告指定代理人は主文同旨の判決を求めた。

第二、請求の原因としての原告らの主張

一、原告らは、いずれも、被告に雇備され、米空軍立川基地に勤務する駐留軍労務者であつて、全駐留軍労働組合(以下、全駐労という)東京地区本部立川支部(以下、支部という)所属の組合員である。原告らは、米軍の許可なく、休憩時間中に、立川基地内で、次項掲記のような行為をしたところ、被告は、原告らの行為が在日米第五空軍司令官代理人事局長ブラツドレーが同軍の各基地司令官に宛て発した別紙一記載の事項を含む昭和三二年一一月一二日附書簡(以下、ブラツドレー書簡という)に基く立川基地司令官の同趣旨の命令、すなわち、基地内における労務者の組合活動その他の集会等を禁止する命令(以下、本件命令という)に違反するとの理由で、基本労務契約書の細目書(以下、細目書という)Ⅰ(人事管理)、G節(制裁措置)、3(違反為及び制裁措置)、m(命令に対する不服従)の規定に従い、原告らに対し請求の趣旨記載のような本件出勤停止処分をなした。

二、原告らの本件出勤停止の処分理由となつた行為は、次のとおりであつた。

1  原告飯塚(米軍立川基地サプライ・インベントリー・ブランチ勤務で、支部執行委員)は、昭和三三年九月九日午後零時三〇分頃から午後零時四五分頃までの間、第九三〇号建物附近で開かれたトランスポーテーシヨン職場委員会に参加し、組合関係事項の報告を行つた。

2  原告武石、同田村(いずれも、同基地サブライ・インベントリー・ブランチ勤務で、支部委員)は、同月一五日午後零時過頃、第九三〇号建物北側で、支部指令に基き、集会(組合員約二五〇名参集)を開催し、組合関係事項の報告を行つた。

3  原告小山(同基地フツド・サービス・ブランチ勤務で、支部執行委員)、同小野(同ブランチ勤務で、職場委員)は、いずれも、同月二二日午後一時から午後一時三〇分までの間、兵站食堂において、支部指令に基き、職場報告会を開催し、組合関係事項の報告を行つた。

4  原告奈良(同基地サブライ・ウエハウス・ブランチ勤務で、支部委員)は、同年八月二八日午後零時二〇分頃から午後零時五〇分頃までの間、倉庫北側で、職場報告会を開催し、同年九月一五日午後零時五〇分頃までの間、倉庫附近で、支部指令に基き、組合報告会を開催し、組合関係事項の報告を行つた。

5  原告木崎(同基地サプライ・ウエハウス・ブランチ勤務で、職場委員)は、同月二二日午後零時二〇分頃から午後零時五〇分頃までの間、ウエハウス3A休憩所で、職場報告会を開催した。

6  原告長塚(同基地サプライ・ウエハウス・ブランチ勤務で、支部副執行委員長)は、同日午後零時二〇分頃から午後零時五〇分頃までの間、第九三〇号建物附近で、支部指令に基き、組合報告会を開催し、組合関係事項の報告を行つた。

7  原告松崎(同基地サプライ・ウエハウス・ブランチ勤務で支部執行委員)は、同日午後零時二〇分頃から午後零時五〇分頃までの間、ウエハウス・ナンバ3Dの休憩室で、支部指令に基き、職場報告会を開催し、組合関係事項の報告を行つた。

8  原告鈴木(同基地サプライ・ウエハウス・ブランチ勤務で、支部委員)は、同月一五日午後零時二〇分頃から午後零時五〇分頃までの間、第九二四号建物において、支部指令に基き開催された職場報告会(ウエハウス・ブランチ所属第一倉庫及び第二倉庫の組合員約七〇名参集)に参加した。

三、しかして、立川基地司令官の本件命令に違反するとの理由でなされた本件処分は、左記の理由により、無効である。

1  立川基地司令官が本件命令を発した事実はない。

2  本件命令が発せられたとしても、本件命令は、違法であつて、無効である。その理由は次のとおりである。

(イ) 本件命令は、労務者を規律するために必要な公示その他周知徹底の方法が講じられていない。

(ロ) 日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定(昭和二七年四月二八日発効)(以下、行政協定という)第一二条第五項は、「(前略)賃金及び諸手当に関する条件のような雇用及び労働の条件、労働者の保譲のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、日本国の法令で定めるところによらなければならない」と、定めており、従つて、駐留軍労務者に対して、日本国憲法はもちろん、労働組合法及び労働基準法が適用されることは明らかである。ところで、本件命令は、基地内における労務者の政治活動及び組合活動を、昼食時間中又は休憩時間中を問わず、労務者が基地内にある間、一切禁止しているのであるから、労働者が休憩時間を自由に利用することができることを保障した労働基準法第三四条第三項に違反し、無効である。のみならず、本件命令は、政治活動の自由を保障した憲法の精神に背反し、又組合活動の故に労動者を差別的に取扱うことを禁止した労働組合法第七条の目的に抵しよくし、結局民法第九〇条に違反し、無効である。

(ハ) 基地内における労務者の休憩時間中及び作業時間終了後の組合活動については、昭和二七年一一月二九日金駐労と被告の行政機関である調達庁長官との間で締結された労働協約第五八条に、「調違庁長官は全駐労及びその加盟組合の組合活動の自由を承認し、全駐労の組合員及び組合専従者が事業場内において休憩時間中及び作業時間終了後、組合活動をすることを承認する」と、規定され、同日全駐労と調達庁長官の間で交わされた確認事項三に、右「第五八条組合活動自由の原則を確認したものであつて、行政協定第三条に基く軍の権限を排除するものではない。従つて、軍の施設又は区域において組合活動を行うにあたつては、軍の必要とする手続をとるものとする」と規定されているが、これらの規定の実際の運用として、従来、立川基地における労務者の休憩時間中及び作業時間終了後の組合活動の自由は、原則として承認され、ただ施設を利用して多数の組合員が参加する集会を開く場合は、事前に所轄渉外労務管理事務所に屈出をしていたが、これとて拒絶された事例がないばかりでなく、昼食時に、職場で、組合の決定を伝達し、機関紙を記付することは、屈出すら必要なく、自由に行われていたのであつて、以上のことは、労働慣行としても確立されていた。ところで右労働協約は、昭和三二年九月失効したが、その際、全駐労と調達庁長官との間で、新協約が成立するまでは、従前と同様、組合活動の自由を承認する旨の申合せがなされており、又休憩時間中及び作業時間終了後の組合活動に関する右労働協約の規定は、労働者の待遇に関する基準を規律するものであつて、右協約の失効後も、いわゆる余後効として、右規定の効力は存続する。従つて、労務者の待遇を一方的に不利益に変更することを内容とする本件命令は、このような申合せ、労働協約の余後効又は確立された労働慣行に違反し、違法である。

3  仮に、本件命令が違法でないとしても、細目書Ⅰ、G節、3、m(命令に対する不服従)の規定には、「正当な命令に従わず、またはこれを拒否した労務者は、次に定める制裁を受けるものとする」と規定されているが、右にいう命令とは、作業遂行上、発せられるもののみを指称するものであつて、休憩時間中の労務者の行動を規制するような本件命令は包含されない。従つて、被告が原告らに対し右規定を適用していた本件出勤停止処分は、無効である。

四、原告らは本件出勤停止処分を受けた結果、その間被告より支払わるべき請求の趣旨記載の賃金の支給を受けていないが、前記のように出勤停止処分が無効である以上、被告は原告らに対し右賃金を支払う義務がある。

五、よつて、原告らは、本件出勤停止処分の無効確認並びに請求の趣旨記載の賃金及びこれに対する本訴状送達の日の翌日である昭和三四年一〇月九日以降完済にいたるまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため、本訴請求に及ぶ。

第三  本案前の被告の答弁

原告らの出勤停止処分の無効確認を求める訴は、過去の法律関係の効力の確認を求めるものであるから、不適法として、却下されるべきである。

第四  請求の原因に対する被告の答弁

一、請求の原因一記載の事実は認める。同二記載の事実のうち、2ないし4及び6ないし8の各集会の開催が支部の指令によること竝びに原告飯塚、同長塚及び同松崎を除くその余の原告らが原告主張のような組合の役員であることは不知、その余の事実は認める。同第三記載の事実のうち、原告主張の労働協約第五八条、確認事項三及び細目書Ⅰ、G節、3、m(命令に対する不服従)に、その主張のような内容の規定があること、右協約が昭和三二年九月失効したことは認めるが、その余の事実は否認する。同四記載の事実のうち、被告が原告らに対し、その主張の額の賃金を支払つていないことは認めるが、その余の事実は否認する。

二、立川基地司令官はブラツドレー書簡に基き、同書簡の趣旨を同司令官の命令として、昭和三三年二月から三月にかけて、基地内の各部隊に連絡すると共に、各職場の日本人監督者を通じて、労務者に伝達した。又同基地サプライ及びサービス部隊指揮官パツカードは、本件命令を周知徹底させるため、昭和三三年六月九日ブラツドレー書簡と同趣旨の別紙二記載の事項を含む(書簡以下、パツカード書簡という)を発し、同年七月頃から九月頃までの間、関係全職場に、その翻訳文を掲示した。更に、同基地人事局長、契約担当官代理フローレンスは、同年六月三〇日立川渉外労務管理事務所長に宛て、基地内の労務者の集会は禁止されており、今後違反者に対して制裁を科する旨の書簡を発し、同事務所長は、同年七月一一日支部との労働協議会において、右書簡の趣旨を伝達した。以上の次第であるから、本件命令は、原告らを含む立川基地の労務者に周知徹底されていたことは明らかである。

三、本件命令は、原告ら主張のように、労務者の政治活動や組合活動を一切禁止したものではなく、組合員であると、非組合員であるとを問わず、労務者の基地内における集会や示威運動を禁止したものであつて、行政協定第三条第一項による米軍の施設及び区域の管理権に基き、軍の使命達成、その作戦上の安全と安定のため、基地内における厳正な規律保持と秩序維持をはかる必要上、真にやむをえない措置として発せられたものである。従つて、本件命令が、原告ら主張のように、日本国憲法、労働組合法又は労働基準法の規定に違反するとはいえない。

第五  被告の答弁に対する原告らの反論

一、細目書Ⅰ、G節、13、a、(4)には、「労務者の過去の記録は、制裁の程度を決定するにあたつて、考慮されなければならない」旨が規定され、労務者の過去の制裁事案は、記録に記載され、将来の制裁の程度決定の必要的裁量事項とされている。従つて、本件出勤停止処分の無効が確認されないと、今後原告らが制裁を科せられるような場合に、本件出勤停止処分の存在を前提として、解雇その他の重い処分を受けることになるから、本件出勤停止処分の無効確認を求める利益がある。

二、本件命令の周知徹底に関する被告主張の事実のうち、パツカードが被告主張のような書簡を発し、その翻訳文が関係全職場に掲示されたこと(但し時期の点を除く)は認めるが、その余の事実は否認する。同書簡は、関係全職場の監督者に宛てられたもので、労務者に宛てられたものでなく、又本件命令の趣旨を明らかにしていないから、同書簡の翻訳文の掲示をもつて、労務者に対する本件命令の周知徹底の方法ということができない。

第六  原告らの反論に対する被告の認否。

細目書Ⅰ、G節、13、a、4に、原告ら主張のような内容の規定があることは認める。

第七  証拠≪省略≫

理由

第一  出勤停止処分無効確認の訴の適否

原告らが被告に雇傭され、米軍立川基地に勤務する駐留軍労務者であつて、支部所属の組合員であること、原告らが、米軍の許可がないのに、休憩時間中に立川基地内において、請求の原因二記載の行為(但し、原告らが参加した集会が支部の指令に基くものであるとの点は除く)(以下、本件行為という)をなし、被告が原告らの本件行為は、立川基地司令官の本件命令に違反するとの理由で、細目書Ⅰ、G節、3、mの規定により、原告らに対し、請求の趣旨記載のような出勤停止処分をなし、その間賃金を支給しなかつたことは、当事者間に争いがない。

ところで、確認の訴は、現在の具体的な法律関係の存否を対象とするものに限り、許されるものである。しかるに、出勤停止処分自体は、法律関係の発生、消滅の前提となる法律事実に過ぎないのであつて、法律関係そのものではないから、本件出勤停止処分の無効、すなわち、その不存在を確認の訴の対象とすることは、許されない。なお、本件訴の趣旨を、本件出勤停止処分に基く法律関係の存否の確認を訴求するものと解しても、本件訴を許すべきいわれがない。すなわち、細目書Ⅰ、G節、13、a、(4)の規定(右規定の存在及び内容は、当事者間に争いがない)によれば、本件出勤停止処分の存在は、将来、原告らが(細目書Ⅰ、G節の規定に基く)制裁の対象となる違反行為を犯した際に、科せられる制裁の程度に影響を及ぼすものであることが、認められる。しかし、原告らは、将来、違反行為を犯す可能性はあつても、必ず違反行為を犯すものは、限らないし、又将来、違反行為を犯した場合でも、どのような制裁が科せられ、その制裁に基いて、どのような法律関係が発生、消滅するかは、確実でない。他に、本件出勤停止処分に基いて、どのような法律関係が確実に発生、消滅するかについて、原告らは明らかにするところがない。(成立に争いのない乙第一号証によつて認められる細目Ⅰ、G節、2、C(出勤停止)の規定によると、出勤停止処分を受けた労務者は、その期間中の賃金請求権を失うことになるから、出勤停止処分に基く賃金請求権の存否は、現在の法律関係として、確認の訴の対象となるが、本訴において、原告らは、本件出勤停止処分の無効を理由として、被告に対し、賃金の支払を請求している以上、更に、その賃金請求権の存在を確認する必要がないことは、いうまでもないから、本件確認の訴の趣旨を賃金請求権存在の確認を訴求するものとは解されない)このように、本件出勤停止処分に基いて、発生、消滅する可能性があるだけで、発生、消滅が確実でない法律関係についてまで、確認の訴を許すべきいわれがなく、現実に発生、消滅するのを持つて、その時における現在の法律関係として、その存否につき、確認の訴を提起し得るものとすれば、足りるのである。以上要するに、原告らの本件確認の訴は、その対象となし得ないものを対象とした点において、不適法として、却下する外はない。

第二  賃金支払の請求の当否

一、原告らは、本件命令が発せられた事実を争い、仮に、その事実があるとしても、本件命令は違法であつて、無効であるから、これに違反することを理由になされた本件出勤停止処分も無効である旨を主張する。

1  まず、本件命令が発せられたかどうか、労務者に対し、その周知徹底の方法が講ぜられたかどうかについて、検討する。

原告らが、その主張のように、立川基地のサブライ・インベントリー・ブランチ、フツド・サービス・ブランチ又はサブライ・ウエハウス・ブランチに勤務していることは当事者間に争いがなく、(証拠―省略)を総合すれば、米極東軍司令部は、昭和三二年三月一二日在日米陸海空軍司令官に対し、行政協定第三条により定められた駐留軍の日本国における施設及び区域(以下、基地という)に対する管理権に基き、基地内における日本人労務者に対する労務管理に関する政策指令を発し、この指令を受けた在日米空軍司令官の代理である同軍人事局長ブラツドレーは同年一一月一二日同軍各基地司令官に対し、「基本労務契約労務者に影響する労務者及び被使用人の関係について」と題する書簡(ブラツドレー書簡)をもつて、基地内における日本人労務者に対して米軍のとるべき労務管理に関する、別紙一記載の事項を含む諸事項を指示し、これを関係幕僚及び現場部隊全部に示達するよう命じたこと、立川基地司令官はこれに従い、下部機関に右書簡による指示事項を示達すると共に、昭和三二年二、三月頃、原告ら労務者に対し、別紙一記載と同趣旨、すなわち、労働者の大会、示威運動、祝典又は政治的若しくは一般的な会員の会議若しくは集合は、公式又は非公式に招集され又は集合したかに関係なく、労務者の食事時間及び休憩時間を含む基地内滞在時間中は、許可しない旨の命令(本件命令)を発し、日本人監督者を通じ、口頭で、これを伝達したこと、更に、原告ら所属の立川基地サブライ及びサービス部隊指揮官パツカードは、同基地司令官の本件命令を周知徹底させるため、昭和三三年六月九日同部隊内の各職場監督者に対し、本件命令と同趣旨の別紙二記載の事項を含む書簡(パツカード書簡)によつて、右命令を示達し、各職場監督者はその頃原告ら労務者に対し、口頭で右書簡の趣旨を伝えるとともに、その翻訳文を各職場に掲示し、且つ労務者数人につき、それぞれ翻訳文一通を交付したことが認められる。(中略)他にこの認定を左右するに足る証拠はない。

以上の事実によれば、立川基地司令官が本件命令を発し、且つ、それが、原告らの本件行為当時、既に、同基地に勤務する原告ら労務者に周知徹底されていたことが明らかであるから、本件命令の存在を否定し、あるいは、その周知徹底の方法が講ぜられなかつた故に、本件命令を無効とする原告らの主張は理由がない。

2  次に、本件命令が、労働者の休憩時間の自由な利用を保障した労働基準法第三四条第三項の規定に反するかどうか、不当労働行為を禁止した労働組合法第七条の目的に反するかどうか、又政治活動の自由を保障した憲法の精神に反するかどうかについて、検討する。

使用者は、労働基準法第三四条第三項の規定により、労働者に対し、休憩時間を自由に利用させる義務を負うが、使用者がその事業施設に対する管理権を有する以上、使用者がその権利の行使として、施設内における労働者の休憩時間中の特定の行動を規制しても、それが労働による疲労の回復のための休息という休憩制度本来の目的を害しない限り、又施設管理権の濫用とならない限り、違法ということはできない。これを、本件についてみれば、駐留軍労務者も行政協定第一二条第五項の規定をまつまでもなく、日本国の法令により認められた労働者の権利を有することは、もちろんである。しかし、駐留軍は、行政協定第三条の規定により、日本国内における「施設及び区域において、それらの設定、使用、運営、防衛又は管理のため必要な又は適当な権利、権力、及び権能(以下、基地管理権という)を有する」ところ、前掲乙第五号証の二によると、本件命令は、駐留軍の使命達成のため、その安全と安定を保持する必要上、行政協定の右規定による基地管理権に基づいて発せられたものであることが明らかである。すなわち、極東における国際の平和と安全の維持及び日本国の防衛に寄与するために、配備されている駐留軍は、その使命達成上、軍隊の安全と安定を保持することが不可欠であり、そのためには、特に厳重に基地内における規律、秩序を維持し、保安上の危険の発生を末然に防止すべきことが要請されるのであつて、本件命令は、駐留軍の特殊性に基く右要請をみたすため、駐留軍労務者の基地内における集会、示威運動その他軍隊の保安に危険を及ぼす虞がある集団的行動を禁止したものということができる。従つて、本件命令は、駐留軍労務者が基地内において、休憩時間中、休息することまでを抑制するものではないから休憩制度本来の目的を害するものでない。のみならず、本件命令は、駐留軍の特殊性からみて、基地管理権の濫用とは認められないから、労働基準法第三四条第三項の規定に反するともいえない。なお、本件命令は、一般に、駐留軍労務者の基地内における前記のような集団的行動を禁止したものであつて、それが組合活動としての行動であるか否かは問わないのであるから、労働者を組合活動の故に不利益に差別的取扱をすることを禁止した労働組合法第七条の目的にも反しないし、又駐留軍労務者の政治活動の一切を禁止しているものでなく、駐留軍の特殊性から基地内における、且つ、集団的行動による、政治活動を禁止しているに過ぎないから、政治活動の自由を保障した憲法の精神に反するともいえない。

3  本件命令が、立川基地内における休憩時間中及び作業時間終了後の組合活動の自由に関する労働協約第五八条の余後効、労働慣行又は全駐労と調達庁長官との申合せに反し、無効であるかどうかについて、検討する。

昭和二七年一一月二九日全駐労と調達庁長官との間で締結された労働協約第五八条及び同日右両者間に交わされた確認事項三に、原告ら主張のような内容の規定があつたこと、右労働協約が昭和三二年九月失効したことは、当事者間に争いがない。右確認事項三の規定を参酌して、右労働協約第五八条の規定をみると、第五八条の規定は、駐留軍労務者が、行政協定第三条に基く駐留軍の基地管理権の行使を排除しない限度で、基地内において、休憩時間中及び作業時間組了後に、組合活動をすることができる旨を定めたものと、解されるのである。そこで、仮に、いわゆる労働協約の余後効なるものを認める見解に立ち、従つて、右労働協約第五八条の規定が、協約失効後も、なお、その効力を存続するものと認めるとしても、駐留軍の基地管理権に基いて発せられた本件命令が右労働協約第五八条の規定に反するものでないことは、前記解釈上明らかである。

次に、(証拠―省略)によると、立川基地では、本件命令の根拠となつたブラツドレー書簡が出される以前は、職場によつて、駐留軍労務者が、駐留軍の制止を受けることなく、休憩時間中に、集会その他の組合活動を行つてきたことが認められ、従つて、それが、労使間の慣行(事実たる慣習)であつたと認められる。しかしながら、本件命令が、慣習法に違反する場合は格別(右慣行が法規範として、労使双方を拘束すべき慣習法であることについては、なんらの主張、立証がない)、事実たる慣習に違反するからといつて、無効になるものではない。

なお、前記労働協約失効の際、全駐労と調達庁長官との間で同長官が、新協約の成立するまでは、従前同様、基地内における組合活動の自由を承認する旨の申合せがなされたとの事実は、これを認めるに足りるなんらの証拠もない。

4  以上により、本件命令が不存在又はその無効であることを前提として、本件出勤停止処分を無効とする原告らの主張は理由がない。

二、最後に、原告らは、細目書Ⅰ、G節、3、m(命令に対する不服従)に規定する命令には、本件のような命令は包含されないから、被告が原告らに対し右規定を適用してした本件出勤停止処分は無効であると主張する。しかし、本件命令が、駐留軍の安全と安定をはかるため、基地内の規律と秩序の維持を目的として発せられたものであることは、前記のとおりである。ところで、前掲乙第一号証によつて認められる細目書Ⅰ、G節(制裁措置)、1(目的)、aには、同節に定められた制裁は、労務者をきよう正し、職場の秩序と規律を維持すること」を目的とする旨が規定されているから、右制裁の対象となる「命令に対する不服従」にいわゆる「命令」は、原告ら主張のように、単に、作業遂行上の命令のみでなく、職場(基地)内の規律と秩序を維持するために発せられるすべての命令を含むものと解するのが相当である。よつて、この点に関する原告らの主張も理由はない。

三、以上の次第で、本件出勤停止処分が無効であるとは認められないから、その無効であることを前提とする原告らの賃金請求は理由がなく、失当として、これを棄却すべきである。

四、よつて、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

東京地方裁判所民事第一九部

裁判長裁判官 吉 田   豊

裁判官 西 岡 悌 次

裁判官 松 野 嘉 貞

別紙一

ブラツドレー書簡

労働者の大会、示威運動、祝典又は政治的若しくは一般的な会員の会議若しくは集合は、公式又は非公式に招集され、又は集合したかに関係なく、日米行政協定第三条の規定により司令官の管理する施設内にある間、労務者の食事時間、休憩時間を含む日常基地内滞在時間中は、許可しないものとする。上記第三条の規定は、次のとおりである。

「合衆国は、施設及び区域内において、それらの設定、使用、運営、防衛又は管理のため必要な権利、権力及び権能を有する」

別紙二

バツカード書簡

労働者の大会、示威運動、祝典、政治的又は一般的な会員の会議又は集合は公式或いは非公式の招集、集合のいかんにかかわらず、日米行政協定第三項に従つて司令官の管理下にある施設内においては労務者の昼食時間及び休憩時間を含む日常時間又は基地内にある間許可されない。

上記引用した項目には「アメリカ合衆国はその組織、使用、活動、防衛又は統制のため必要とする施設及び地域内における権限、権力及び権威を有する」と規定されている。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例